サイエンス作家として有名な竹内薫先生は、「トライリンガル教育」を推奨するYES International Schoolの校長という側面ももっています。
では「トライリンガル教育」とはどういったものなのでしょうか?この連載では、このトライリンガル教育を紐解きながら、今後のプログラミング教育の在り方を探っていきます。

竹内薫
1960年東京生まれ。サイエンス作家。東京大学、マギル大学大学院卒。理学博士。YES International School校長。最新刊は『「プログラミングができる子」の育て方』。
http://kaoru.to/

トライリンガル教育=ガリ勉!?

YES Internationasl Schoolで、幼少時から英語やプログラミングをやっているというと、「そんなに小さいころからガリ勉はよくないんじゃないか」とお叱りを受けることがあります。たしかに、小学校一年生が英語やプログラミングの授業を受けていると、ガリ勉もしくは早期教育に見えますよね。場合によっては「お受験の準備」と誤解されることもあります。

でも実際には、私が推進しているトライリンガル教育は、ガリ勉や早期教育やお受験の「対極」に位置しているのです。

「子どものうちはできるだけ遊ぶこと」

それが私の学校の基本理念です。そもそも人間は哺乳類ですよね? そして、哺乳類の子どもは遊びを通じてサバイバル術を習得していきます。たとえば仔猫がじゃれて遊んでいるのも、大人になってからの「狩り」の予行演習なわけです。人間の子どもが遊んでいるうちに、喧嘩して、泣いて、怪我をして、後悔し、謝って……すべては大人社会に出てからの人間コミュニケーションの予行演習をしているのです。

もちろん、思い切り身体を動かすことで、さまざまな運動技能も身につきます。人間は、もはや生きるために動物を狩る必要は減りましたが、子どもたちの遊びを観察していると、はるか昔の狩猟採集時代のサバイバル術を学んでいるように見えます。狩りはしなくなったけれど、みんなで協力して仕事をする必要はなくなっていません。子どもたちは、遊びを通じて、人間としての社会性を身につけていくのです。

ガリ勉はサバイバル力を失う

なぜ、私はガリ勉や早期教育やお受験に反対なのか。一言でいえばそれらは、子どもたちから「遊びを奪う」からであり、お受験に関しては、それに加えて「時代遅れの産物」だからです。

順を追って説明しましょう。まずガリ勉というのは、みんなが遊んでいるときに勉強ばかりしている状況を指します。私が子どものころもガリ勉君はいました。私が他の子どもたちと遊んでいるとき、ガリ勉君たちは、計算ドリルや漢字ドリルや中学受験の過去問ばかりやっていたのです。

私の知る限り、そういったガリ勉君たちは、たしかに中学受験は突破しましたが、徐々に成績が落ちていき、大学受験時には、かなり悲惨な状況に追い込まれていきました(あくまでも私の周囲の観察によります)。彼らは、本来遊ぶべきときに遊ばなかったので、長ずるに従い、サバイバルできなくなっていったのだと、私は分析しています。

子どもは、遊びを通じて、脳の器を大きく発達させます。中学や高校の段階で、器の大きな子どもは、ようやく本気で勉強を始めます。するとグングンと成績が伸びて、昔からのガリ勉君たちを追い抜いてしまうのです。

早期教育は子どもの発達段階を無視する

次に、早期教育は、なぜいけないのか。その理由は単純です。早期教育とは、子どもの発達段階を無視して、知識や技能を詰め込むことを意味します。子どもの身体ができていないうちにプロレベルのスポーツ技能を教えてはいけないのと同じで、子どもの脳が発達していないうちに無理矢理、暗記漬けにすることは、誰が考えてもよくないに決まっています

ここで誤解してほしくないのですが、では小学一年生に英語を教えることは早期教育でしょうか?答えは「早期教育ではない」です。小学一年生の脳は英語を充分に受け入れるところまで発達しています。それどころか生まれたての赤ちゃんだって、英語のシャワーを浴びせて悪いことはありません。なにしろ赤ちゃんは、生まれたときから母国語のシャワーを浴びているのですから。

もう一つ誤解してほしくないのが、「日本語をきちんとやってから英語をやらないといけない」という見解です。世界にバイリンガル地域はたくさんありますが、そういった地域で、幼少時から二カ国語を学んでいたために、子どもの発達に問題が生じた例は一つもありません。

こんなことは言いたくありませんが、日本語をやってから英語を学ばないとまずいことになると喧伝している人々は、英語に対する苦手意識が強いのではないでしょうか。そもそも英語が嫌いだから、「まずは日本語」という点を強調するのです。しかし世界中のバイリンガル教育の論文を漁っても、一つ目の言語を習得した後に二つ目を勉強しないとまずいことになる、という研究は存在しません。

とにかく、人間の子どもは生まれながらにして、どのような言語でも受け入れる準備が整っていますから、日本語にせよ英語にせよ、赤ちゃんのころからやっていけないことはないのです(というか、むしろ、やったほうがいいのです)。

お受験は百害あって一利なし

では、やっていけない早期教育とは何かといえば、典型的なのが「小学校のお受験のための詰め込み」でしょう。意味もわからない抽象的な概念や公式を丸覚えするような勉強は百害あって一利なし。子どもは、ほぼ確実に勉強が嫌いになることでしょう。

お受験の話になりました。なぜ、お受験がいけないかといえば、そのシステムが、第三次産業革命までの遺物だからにほかなりません。暗記をして、試験をして、受験をして、いい大学に入って、いい会社に入る。それは、かつてはエリート階級の仲間入りをするためのわかりやすいパターンでした。でももうそんな時代は終わったのです。

文科省は2020年から学習指導要領を改革し、暗記型教育から脱し、「自分で考えることができる能力」を子どもたちに身につけさせようとしています。なぜ、文科省は教育改革を進めているのか。その理由は、現在、第四次産業革命が世界中で進行中であり、新たな時代に必要な教育の面で、日本が周回遅れの危機的な状況にあるからです。

人工知能時代が到来します。大きな会社だって、その荒波を乗り切ることができなければ潰れてしまいます。それほど大きな変革の波が押し寄せているのです。お受験のための暗記学習では、新しい時代を生き抜く力は育まれません。2020年から大学受験も改革が断行されます。英語の場合、話す技能、書く技能にも堪能でないとダメです。ようするに形骸化したお受験英語ではなく、世界で通用する生きた英語を身につけないといけない時代がやってくるのです。

世界の一流大学では、すでに「お受験」の点数だけによる選抜などしていません。ガラパゴス化した日本の「お受験」システムは、とっくの昔に時代遅れになっているのです

画像: お受験は百害あって一利なし
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