フィンランド教育に興味をもち、4ヶ月に渡って10校の小学校を見学してきた私が、フィンランドの教育を見て気づいたこと。それは「極端に理由が説明できないルールが少ない」ということでした。
画像: 子どもが納得するルールをつくる。フィンランド流「本質的な学校ルールのつくりかた」【世界を旅しながらその土地の学校に飛び込んでみた】

日本とフィンランドの学校のルール

私がフィンランドの小学校を見学して、日本との違いについて気づいたのは、夏休みの長さであったり、カリキュラムの柔軟さであったり、といったことはもちろん、もっとも印象に残ったのは、フィンランドでは極端に「理由が説明できないルール」が少ないということ。

そもそも、私が「学校のルール」に興味をもったのは、日本で起こったある事件がきっかけです。

頭髪が生まれつき茶色いのに、学校から黒く染めるよう強要され精神的苦痛を受けたとして、大阪府羽曳野市の府立懐風館(かいふうかん)高校3年の女子生徒(18)が約220万円の損害賠償を府に求める訴えを大阪地裁に起こした。ーー(2017年10月27日の毎日新聞の記事より)

もって生まれた個性を否定しているとして、海外のWebメディアでも大いに取り上げられていました。この事件のように、日本の学校では「誰も得しない、形骸化したルール」が現在も蔓延っているように感じます。このような問題意識から、海外の学校現場でのルールはどのようになっているのかに興味をもち、フィンランドでも調査をしてきました。

フィンランドで感じた「本質的なルール設定」

画像1: フィンランドで感じた「本質的なルール設定」

実際にフィンランドに行ってまず感じた印象は、「自由度が高そうであること」でした。たとえば、机の配置を目的に合わせて柔軟に変えたり、授業中であってもドリルを解くときは廊下や食堂など自分の好きな場所に移動したり。日本に比べて自由度が高い取り組みをたくさん見ました。

一方で、「すべてが自由」というわけでもありません。ある小学校の先生は「ルールは子どもたちと一緒に決めることが多い」と話していました。たとえば、フィンランドでは教室内にソファーが設置されていることがよくあります。その先生は子どもたちと一緒に話して、「ソファーは一人で占領しない」「時間を決めて交代する」などのルールを決めたそうです。みんなで決めたルールを破った際は、先生が間に入って指導することもあるとのこと。先生は「ルールをみんなで決めて、みんなで守ることをとおして、ルールの大切さを学ぶ」と話していました。

また、ある中学生に「学校のルール」についてインタビューしたところ、いくつかの興味深い事例を教えてくれました。たとえば、意外にも「授業中のスマートフォンの使用は、許可なしでは使用禁止」だそう。「そのルールは納得できますか?」と聞いたところ、「逆に言えば、必要性があれば使用OKだから、納得はできるよ」と彼は答えました。他に「学校の中で納得がいかないルールはありますか?」と質問したところ、「エナジードリンクが飲めないことぐらいかな。でもまあ、仕方ないとも思うけどね」と半分冗談っぽく答えてくれました。

これらの例から感じた、フィンランドの学校におけるルールの特徴は「理由が説明できないルールが少ない」ということです。余談ではありますが、フィンランドでもすべてのルールが徹底されているわけではありません。ルールを破ってスマートフォンを授業中に使って、先生に叱られている生徒もいました。

必ずしもフィンランドの教育が理想的なわけではありません。しかし、無秩序に自由だけを重視するわけでもなく、かといって納得のいかないルールで縛るわけでもなく、「納得感のあるルール」をつくる。これがどの学校でも重視されているように感じました。

画像2: フィンランドで感じた「本質的なルール設定」

日本の学校改革の形

この記事ではフィンランドの特徴について取り上げましたが、日本でも先進的な例がないわけではありません。たとえば、東京の麹町中学校では、「宿題や担任制を廃止する」など、学校の当たり前を見直すような取り組みが数多くされています。

具体的な取り組みやその目的は、麹町中学校の工藤校長が執筆した『学校の「当たり前」をやめた ー生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革』(著者:工藤勇一 , 出版社:時事通信社)で紹介されているので、詳しく知りたい方はそちらをぜひご覧ください。著書の中では、「当たり前」として形骸化したルールを見直すことの重要性についても書かれていました。

時代が変わる節目である今、麹町中学校のように、学校も大きな改革が求められています。フィンランドの教育システムをそのまま日本に取り入れればいいというものではありませんが、改革を進める上での事例としては、非常に参考になるはずです。無秩序な自由を主張するだけでなく、誰も得しないルールを放置するわけでもなく、学校や社会にとっても、子どもにとっても納得感のあるルールに基づいた学校が増えることを願っています。

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