経済発展目覚ましいフィリピンですが、一方で孤児院がたくさんあります。今回は、筆者がセブ島で訪れた3つの孤児院で学んだことをまとめます。
  • フィリピンの孤児院の仕組み
  • 孤児院を訪れて感じたこと
  • 孤児院を訪れて感じたこと

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キリスト教の文化によって支えられるフィリピンの孤児院

人口が増え続ける東南アジアの中でも、フィリピンはベトナムやインドネシアを抑えトップクラスの人口増加率を誇ります。年間に約160万人、1日あたりに約5000人の人口が増えています。GDPも年間6%以上伸びているほど経済発展にも勢いのあるフィリピン。

一方、さまざまな事情で保護者のいない子どもたちもいます。経済的な事情、子どもが抱えている障害、家庭事情、さまざまな事情があります。そのような子どもたちのために、フィリピンにはたくさんの孤児院があります。

フィリピンの孤児院の仕組み

画像: フィリピンの孤児院の仕組み

フィリピンの孤児院には企業が運営している孤児院や、教会が運営している孤児院など、さまざまな運営スタイルがあります。筆者が訪れた3つの孤児院は、すべて教会が運営している孤児院でした。国民の約90%がキリスト教信者であるフィリピンには、たくさんの教会があり、教会が営む孤児院は数多くあります。

孤児院によってもそれぞれ特徴があります。たとえば筆者が訪れた3つの孤児院のうち、1つは障害を抱えた孤児のために特化した孤児院でした。

どの孤児院も共通して、スタッフさんから注意されたことが2つあります。1つは子どもたちの写真を撮らないこと。2つ目は、子どもたちに家族のことや孤児院に来た経緯など、センシティブな質問をしないこと。過去の記憶がトラウマになっている子どもたちもいるそうです。

孤児院での質疑応答

障害を抱える子どもたちのための孤児院で、ブラザー(教会で働く男性)にいくつか質問をしました。

――子どもたちは、どのような経緯でこちらの孤児院に来ますか?

経緯はさまざまですが、たとえば多くあるケースとして、まず保護者のいない子どもが政府の機関に報告されます。その後、政府機関が地域の各孤児院に受け入れを依頼します。この孤児院では、障害を抱えた孤児たちを受け入れています。

稀に保護者が、経済的な事情でどうしても子育てができないと、自ら子どもを孤児院に預けることがあります。そのような保護者は、子どもの誕生日に孤児院を訪れたりすることもあります。しかし、そのようなケースは非常に稀です。路上や教会の前、墓場やゴミ捨て場に放置された子どもを見て、通行人が孤児を政府機関に連れいていくといったケースのほうが多いです。

――こちらの孤児院は、どのように運営をしていますか?

すべて寄付で賄っています。寄付をする人は個人も企業も両方います。たとえば企業の場合、会社の創業記念日など特別な日に寄付に来てくれることがあります。おめでたい日に「何かをもらう」のではなく「何かをシェアする」という文化は、キリスト教の考え方がベースになっているそうです。

――こちらの孤児院にいる子どもたちは、学校にも通ったり今後社会に出て働いたりすることはありますか?

子どもたちが学校に通うかどうかは、各孤児院によります。生活は孤児院で行いながら基本的に学校には通うという孤児院もあります。うちの孤児院の場合は、1人で歩いたり食事をとったりすることが難しい子どもたちが多いので「教育」よりも、「生きていくこと」のサポートが中心です。

――こちらの孤児院はどのような想いでつくられたのですか?

創設者はもともと、医者でもあり大学教授でもありました。大学でさまざまな学問を教える仕事をしていましたが、「本当に支援が必要な人へのサポート」ができていないという感覚がありました。そこで、大学教授という仕事を辞めて、障害を抱える子どものための孤児院をつくるという道を選びました。

孤児院を訪れて感じたこと

画像: 孤児院を訪れて感じたこと

現地のスタッフさんの話を聞いて衝撃だったこと。それはフィリピンでは、障害を抱えた子どもは保護者が隠す。つまり社会から距離を置くケースが多いそうです。これは、まだまだ特別支援教育も一部の限られた学校でしか行われていなかったり、社会の中での支援体制が整っていないという背景があります。近年少しずつ特別支援学級のある学校が出てきていますが、先進国並みの体制をつくるには、まだまだ時間がかかりそうです。

一方で、さらに衝撃的だったのは、寄付だけで孤児院の運営が賄われていることです。発展途上国では、国民一人当たりの収入が少ないため寄付をする余裕が少ないという固定概念をもっていました。寄付の文化はキリスト教とは切っても切り離せない関係だそうです。

日本にも神道や仏教を中心に宗教は存在していますし、寄付の文化がないわけではありません。しかし少なくとも私には「企業の記念日に孤児院に寄付をする」といったような発想はありませんでした。今後も世界の学校を見て回る上で、「教育」や「社会制度」というテーマを「宗教」という切り口からも分析したいと感じました。

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