今回紹介するのは「子どもの心に触れる」芸術作品を目指した、日本童画のパイオニアである武井武雄の本と、出身地である長野県岡谷市で「イルフ童画館」館長・山岸吉郎さん。山岸館長は大手広告代理店を経て館長に就任しました。武井作品を使った取り組み、また2024年に生誕130周年への展望についてもおうかがいします。

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武井武雄が造り出した「言葉」と「画」

今回は長野県岡谷市を訪れました。ここは子どものための絵雑誌が盛んに創刊された、大正時代から昭和にかけて活躍した、童画家・武井武雄の出身地です。ピンク色の外観に遊び心あるオブジェの数々。「イルフ童画館」は1998年、武井武雄を顕彰する美術館として始まりました。

本がイメージされたオブジェ『ラムラム王』

イルフ、と変わった響きに興味が惹かれませんか。これは「フルイ(古い)」を逆さから読み、転じて「新しい」という意味をもった言葉だそう。

同じく「童画」の言葉を生み出したのも武井武雄自身。童画家としての一面だけでなく、さまざまな魅力がつまった人物としても知られていて、企画展「七つの顔展」(2020年2月29日~7月6日)では、さらに版画家、造本家、デザイナー、創作家、コレクター、そして本人の素顔をひもとく展示が開催されていました。

もともとは広告代理店で手腕を発揮していた館長の山岸吉郎さん。「イルフ童画館」に就任したのは2010年4月、56歳のとき。当初は長く続けるつもりはなかった、と振り返る一方、2014年から2015年にかけては全国8カ所で巡回展を開催し、10万人を動員しています。2020年で10年目を迎えたタイミングで、当時の舞台裏についてもお聞きしました。

マーケティングは資本主義のベースにあるもの

画像: 武井武雄の作業場を再現。机のまわりにはハンコや絵の具、資料が並んでいる

武井武雄の作業場を再現。机のまわりにはハンコや絵の具、資料が並んでいる

山岸吉郎さんは、岡谷市に根づく美術館の館長ですが、じつは神奈川県出身。大学時代はジャーナリストを志望していたものの、就職先は広告代理店に。数多くの経験を重ねながら、大手クライアントを担当し、マーケティング視点から世界への「情報発信」に携わっていました。

「4P、つまりプロダクツ(商品)、プライス(値段)、プレイス(流通)、プロモーション(販売戦略)の頭文字をとった考え方に沿って」昼夜問わずに現場へ出向き、コンペがあればMacintoshのMacDraw(マックドロー)を駆使して、企画書と格闘する日々だったと言います。「マーケティングは資本主義のベースにあるもの。忙しくも、やっているときはおもしろかった」。

代理店勤務のときヨーロッパに駐在し、数々の美術品を見て回る機会にも恵まれていたそう。転機は意外なところで訪れます。「知人が教えてくれたんですよ。岡谷市でまちづくりができる人材を探しているんだと。それで町を見て回り『このまちで生まれたすばらしい画家を全国に発信しよう』と企画書を書きました。2014年に120周年を迎えるから、スタートするタイミングは今でしょうと」

その後、山岸館長は正式に岡谷市からのオファーを受けます。

「もっと知名度を」日本に知らしめた巡回展

山岸館長は正式に岡谷市からのオファーを受けたとき、携わるのは短い間だけのつもりだったと言います。しかし「120周年プロジェクト」は、それまでに山岸館長が築いてきた人脈へのアプローチから全国8カ所を訪れる巡回展と大掛かりなものに。メディアやスポンサーとの協力により、百貨店だけでなく美術館でも開催が行われ、10万人の動員を達成。

「全国で話題にすることで日本中に武井を知ってもらう効果がありました。ですが、それだけではなく、岡谷のみなさんに、自分の町にこんなすばらしい画家がいたんだと誇りに思ってもらいたかったんです」

その後も、ファッションや文房具、書籍化など、さまざまなジャンルの企業ともコラボ商品を展開。すでに続けることを決めた山岸館長が今目指すのは、4年後に訪れる2024年「生誕130周年プロジェクト」。現役で館長であることのへの恩返しをしたいという思いを感じられました。

あるものを飾るだけではダメ

幼いころお母さんが油絵を描いていたこともあり、絵画への造詣も深かった山岸館長ですが、イルフ童画館の運営で大切にしていることはいったいどんなことしょう。

「美術館の役割は3つ、文化財を守ること、調査・研究すること、そして発表の場として展示すること。あるものをただ飾るだけではダメなんです。これまでも学芸員ら若い人たちに日々がんばってもらって、研究やワークショップも続けられました」

今後の研究にも意欲を「燃えたか、捨てたか、記録には残っていませんが1925年に資生堂で開催した個展が気になっています。なぜキャリア初期から『童画家』を名乗りはじめたのか。自ら言葉を創造した内面に、さらに一歩近づけると思うからです。7つの顔、といいますが『画家の姿』が一番魅力的で、大きな可能性があると考えています」

筆者があらためて驚いたのは、マネジメントやプロモーションといった、会社員時代に築いた山岸館長のノウハウがいかんなく発揮されていることでした。常に先を見すえながらも、よりよいあり方を模索する姿勢の大切さは、どの場でも変わらず通じることのように思われます。

子どもたちが勉強で大切にしてほしいこと

岡谷市日本童画美術館「イルフ童画館」館長の山岸吉郎さん

最後に、子どもと本の付き合い方についてうかがいました。

もともと山岸館長は、本を読むことを習慣にしていて「一日のどこかで何ページかを読んでおかないとダメな日になってしまう気がする。生きた感じがしない」というほど。

しばしば古代ギリシア時代に描かれた、プラトンの著作を見返しては「テクノロジーは進化しても、ものの見方は変わらない。何も進歩していないと気づかされた」こともあるそう。だから本は読んだほうがいいね、とはにかんだ笑顔を浮かべます。

画像: 武井武雄「星曜日」館内展示されたレリーフ

武井武雄「星曜日」館内展示されたレリーフ

宮沢賢治、芥川龍之介、有島武郎など、日本の童話を手掛けた大正の作家の名前を挙げつつも、オススメの本として挙げったのは「武井の挿絵がある、まずはイソップものがたりを。『まちのねずみといなかのねずみ』も本当によくできた話ですし、世界がどんな仕組みなのか『常識を疑え』という哲学にも通じていますよね」

続いて「うちの子どもたちに伝えたことは」と館長が前置きをした上で教えてくれたのは、勉強への姿勢。「数学と古典は一生懸命にやれ、と。数学は論理的な思考を手助けしてくれますし、古典は西洋・東洋それぞれの文化を学べます。当然ながら英語は習慣で、国語と同じように日々話すことで身につけられる、と。……実際、素直に聞いてくれたのは3人(の子ども)のうちの1人だけだったかな」

イルフ童画館に筆者が訪れるのは3度目でしたが、何度訪れても新しい発見がありました。なぜ武井武雄の作品に思わず魅了されてしまうのか。山岸館長のお話の通り、子どもたちのためにと取り組んだ「童画」をはじめ、武井武雄のものづくりの根底にある遊び心が見る人を惹きつけるからでしょう。

基本情報

岡谷市 日本童画美術館 イルフ童画館

  • 住所:〒394-0027 長野県岡谷市中央町2-2-1
  • 営業時間:10:00~17:00※8月31日(月)まで
  • 10:00~19:00(入館受付は18:30まで)
  • 電話:TEL 0266-24-3319(ミミズク)
  • FAX 0266-21-1620
  • 定休日:毎週水曜日(祝日は開館)
  • 展示替えによる臨時休館あり
  • ウェブサイト:http://www.ilf.jp/

館長オススメの本

『饗宴』

  • 著者:プラトン
  • 翻訳:久保 勉
  • 出版社:岩波文庫
  • 刊行年:2008/12/1

『イソップものがたり 最新版』

  • 編集:楠山 正雄
  • 画:武井 武雄
  • 出版社:富山房企畫
  • 刊行年:2008/12/1
    ※1925年の復刻
  • イソップものがたり 最新版

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