一般雇用とまったく同額の賃金が支払われるタイの障害者雇用。そこで見えてきた課題とは【海外×教育移住番外編】

前回はタイに来たOriHimeと株式会社ゼネラルパートナーズの長谷川まろさん(以下、まろさん)をご紹介しました。今回は実際にバンコクにある障害者雇用のカフェ「60+ベーカリー&カフェ」に出かけた様子をお伝えします。

  • 路面店で利用しやすい、街の人びとに愛されるお店
  • 一般就労と同賃金で働くタイの障害者雇用
  • 賃金で平等な社会を目指すタイ
  • 海外移住者も、経済活動を通じて福祉や政治に参加できるという実感をもとう

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さあ、タイ式喫茶!ここは王室×ヤマザキパンのお店

今回目指すお店は、バンコクにある「60+ベーカリー&カフェ」。2015年にタイ王室のマハチャクリシリントーン王女の生誕60周年記念(以下、60+プロジェクト)の一環でつくられた場所です。タイの政府機関である障害者エンパワーメント局(以下、APCD)、タイヤマザキ株式会社(以下、タイヤマザキ)、タイの飲料メーカー協会、日本政府、タイ大使館、日本国際協力機構の支援を受けています。

60 +プロジェクトは、障害のある人びとに力を与え、バリアフリーで包摂的で権利にもとづいたすべての人びとの社会を促進することを目指しています。

路面店で利用しやすい、街の人びとに愛されるお店

お店は大通りに面した路面店。車いすのまろさんとタクシーで乗り付けました。入り口の誘導もスムーズで、利用しやすい設計です。店内は甘いパンの香りとコーヒーの香ばしさが漂います。筆者とまろさんも、コーヒーやパンをオーダーして席に着きました。

店内を見回すと会社員風のお客さんが手早く食事をとっていたり、主婦風のお客さんが店員さんと気軽におしゃべりしていたり、ごくありふれた寛げるカフェ空間です。

学校帰りのスタッフも。バックヤードは部室のように和やかな空間

カフェを取り仕切るタイヤマザキの指導員さんはスタッフたちにとても慕われています。学校から帰って来て制服のままカフェに到着、笑顔で彼らとあいさつをかわし、パントリーの作業に向かう子もいます。カフェには10人ほどのホールスタッフとパントリー業務スタッフがいますが、指導員はパートの女性を含めて2人だけです。

一般就労と同賃金で働くタイの障害者雇用

タイヤマザキでは、関連会社を含め障害者雇用を採用していて、一般採用のスタッフと同じ賃金を支払っています。技術指導員の話では「障害者雇用には4種類の職種があり、パンの製造、ショコラティエ、バリスタ、ホテルの接客業」とのこと。

一般企業からの指導員派遣

勤続年数が5年以上の職員が障害者雇用のオペレーション業務の担当になるそうで、この技術指導員の方は今年初めてこの仕事に携わることになったとか。

「特に福祉の仕事は未経験です。他人に仕事を教えるのは初めてだし、ましてや障害のある方への指導は大変だと思ったけど、ここは設備が整っているから危険もなくて安全。お客さんもたくさん来て、あいさつしてくれるからそれもやりがいになっていますよ」とのこと。

タイでは一般の男性が寺院にボランティア修行に行くことも慣習的に行われるためか、子どもや障害のある人に対して優しいまなざしをもっている印象があります。指導員さんの振る舞いや考え方も、そういった習慣が基礎となり身についているのかもしれません。

スタッフのJJが好きなのはチョコパン!

愛嬌たっぷりなスタッフのJJの担当はパントリー。自分たちがつくっているパンの種類で何が好きか聞いたところ、「チョコパン」との答え。おいしそうなパンを想像して、ほほを膨らませているようなしぐさに、おもわずこちらもふわっと和み、目と目が合って笑みがこぼれました。

「一日お金がいくら貯まるの?」子どもから受け取った質問

筆者がこのカフェに取材に行こうと思った動機は、タイの福祉や労働に対して長年の素朴な疑問をもち続けていたからです。

バンコクにはさまざまな人種・国籍・職業の人たちがひしめき合っています。ろうあ者がカラオケセットを片手に歌をうたい募金活動をする光景や、肢体不自由者や幼子を抱えた女性が物乞いをしている光景に出くわすこともあります。

筆者が初めてバンコクにバックパッカーとして観光で来た20年前にも、このような光景はよく目にしました。食事をしようと座ったレストランの席に幼い女の子の物乞いがたくさん集まってくる様子は今でも忘れられません。2020年の現在では、BTS(鉄道)も開通してしばらくたちますし、インフラも整い、経済活動は活性化しとても豊かになってきています。しかし、かつて一人の日本人学生観光客として通り過ぎた風景とは、少し様変わりしたとはいえ、現在でも障害や貧困に直面している人たちの存在は目にするのです。

子ども(小学一年生)がいる身としては、これらの光景はただ通りすぎるだけでは済まされません。

子どもからは「あの人はどうしてあそこに立っているの?」「一日中ああやっていたらお金がいくら貯まるの?」などとと矢継ぎ早に質問されます。

「靴の中にある小さな石粒」にサヨナラしたい

子どもの素朴な疑問にはまじめに取り合ってあげたいと思うものの、私自身20年たってみてもタイの障害者や路上生活者の本当のことはわからなかったので、「私にも何でかはよくわからないから、宿題にしていい?」と答え続けてきました。

だれでも長年靴の中にずっと入ったままの小さな石粒には、サヨナラしたいですよね。筆者には縁あってそのときがきたのです。

賃金で平等な社会を目指すタイで暮らす

記事内でお伝えした通り、一般雇用とまったく同金額の賃金が支払われているというのが、タイの障害者雇用の特徴です。なので厳密に言うと「障害者雇用」という雇用形態すらこの国には存在しません。

上述の路上生活を送っている人は、タイ国内に国籍がなかったり、障害者ID制度を活用できずに孤立しているケースとも考えられます。十数年前に施行された制度であるため比較的新しく、普及が叫ばれているところでもあると言えるでしょう。

だからこそ、自分自身が海外で子育てするうえでは、教育と社会資産の活用の必然性について、かみ砕いて話したり体験してもらう必要があるとも感じました。

凄くわかりやすく言えば、60+ベーカリー&カフェで飲食を楽しみながらそこに貨幣を投じるのと、路上生活者を憐れんで貨幣を投じるその態度とでは、同じ金額でも意味合いが変わってきます。そのことを、子どもに体で感じてもらうだけでも十分だと思うのです。

海外移住者も、経済活動を通じて福祉や政治に参加できるという実感をもとう

海外移住者はその国に選挙権はありませんが、自分がどういった政治に興味や関心があるのか・いいと思っているかということを、経済活動を通じて表現することはできると思います。

もちろん根深くクリティカルな問題はあります。しかしだからといって思考停止するのは、とてももったいない。身近な文化を楽しむ中で学ぶ姿勢でいる。そのほうがよっぽど幸福で豊かな財産になると、心から思うのです。

次回、タイ政府・障害者エンパワメント局に取材に行きます。引き続き、まろさん同行でお届けします。

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