“ロボット”と“人間”の違いはどこにある? フィンランド教育における倫理の授業

フィンランドには、前回紹介した「宗教」以外にも、「倫理」という科目があります。日本では「道徳」と呼ばれる授業に近いと思いますが、その2つにはどのような違いがあるのでしょうか。フィンランドスタイルの保育/教育を実践するアフタースクール「KIDS PORT Fin」代表の高野直子氏が読み解きます。

「宗教」と地続きな「倫理」の授業

前回の記事で、フィンランドの小学1、2年生のカリキュラムの中の「宗教」について記載したところ、SNSなどで多くの方から反響がありました。日本の多くの学校教育では「宗教」について学ぶ機会が少ないため、「学校で宗教を学ぶの⁉︎」といった驚きを感じた方が多かったのかもしれません。また、10歳以下の子どもが「宗教を通じて世界観のバラエティを体感し、自己を客観視する」ということにインパクトを感じた方もいたのだろうと解釈しています。

今回は、「宗教」と地続きと言ってもよい、フィンランドのカリキュラムの中の「倫理」について共有します。

私が普段主催しているアフタースクールで、学校帰りの子どもたちと学校の教科の話をしたとき、算数が楽しみな子ども、国語が楽しみな子ども、図書の時間が好きな子ども……とさまざまな子どもいたのですが、「道徳」が楽しみな子どもがあまりいません。ある子どもからは、「あたり前のことを読んだり言われたりするから、つまらない」といった意見も聞いたことがあります。

フィンランドの「倫理」も、日本の「道徳」も、子どもがもつ本能的欲求をコントロールし、それぞれ自分で考えて行動しながら、精神的な成長を遂げることをメインテーマとして置いたときに、その違いがどこにあるのでしょうか。

ethics(倫理)をどう捉えているか

The main task of the subject of ethics is to promote the pupils’ ability to pursue a good life.

「倫理」の学びにおける最大の課題は子ども一人一人が“いい人生”を送るための能力を伸ばすこと。

フィンランドの教育では、子どもおよび人間を「周囲との相互作用によって自ら経験を重ね、そこから意味を見出して文化を形成していく一人のactor」と明言しています。(根底にある“社会構成主義の考え方”についてはこちらの記事を参考にしてください。)

倫理の教科の中では、「一人一人の考えや行動、どんな小さなことでも、周囲に影響を与えるということ」また「自らも周囲の人や事象から影響を受けているということ」を子どもたちが体感し、生活や人生のさまざまな状況で、思考や行動に反映できるようになることに重きを置いています。

その上で子どもが社会の中で自立し、周囲に心を開いて、責任をもてる存在となることを狙いにおいて、学びの設計がされます。

また、子どもが生きていく世の中が、変化が著しいことを前提に、常識や知識としての倫理だけではなく、常に倫理を通して学び続ける姿勢や、状況に応じて考える力、倫理的/クリティカルに考える能力を身につけることが必要とされます。

そのため、実生活や実体験の中で「倫理」を学ぶこと、たとえば、

  • 算数の際のペアワークで、相手となったお友達が算数を理解していないと知ったときに、どのように働きかけたらいいかの学びになる
  • 教室にある文房具を管理するのは、無駄な出費を抑えるといった経済的な側面でのメリットと同時に、クラス全員で同じものを共有する練習になるという社会的な側面での学びにもなる

など、フィンランドの先生に話を聞いてみると、「倫理」授業以外での多くのシーンで、倫理を意識した子どもたちへの働きかけをしていることがわかります。

クラスで管理されている文房具

さらにフィンランドでは、

  • 自分を客観視し修正していく能力(self-correcting activity)を育むため、物事の因果関係を察知したり自己を客観的に振り返ること

は、子どものうちにが身につけるべき大切なスキルとして倫理の学びと紐づけられ重視されています。

小学1、2年生においては、倫理的思考の素地として、

  • お友達と協力して物事を進めるスキル
  • コミュニケーションをとるスキル
  • 自分の意見を表明するスキル
  • 考えるスキル
  • 学ぶスキル

に焦点を当てて授業の設計がなされます。とくに子どもの意見を聞く(先生や同級生から聞いてもらう)ということを通して、「自分の意見や考えが尊重されるのだ」という体験をし、物事を考え発信するactorとしてのよい“自己イメージ”をもつことが狙いとされています。

多くのクラスで「クラスのビジョン・価値基準」のようなポスターが貼られている。倫理の学び要素で溢れている

ロボットと人間の違い

私がフィンランドに滞在をしていた2015年〜2017年の間、チャンスがあればヘルシンキ近郊の小学校の授業を見学したり、日本語の授業をさせてもらったりしていたのですが、その中で小学校1年生の倫理の授業を見学できました。

その日のテーマは「ロボットと人間の違い」。まずはロボットについて先生からレクチャーを受けます。「ロボットはどう動くの?左・右・前へ何歩、後へ何歩と、命令された通りに動くよね。」その後、ペアになりロボットとコマンダーに分かれてロボット遊び。ロボット役の子どもは自分の意向と関係なく言われた通りの動きをし、コマンダーはロボットがわかりやすいように指示を出します。

その後、また先生のお話。“ロボットが、壊れてしまったらどうする?”子どもたちがそれぞれの答えを発表します。

「修理屋さんへ持っていって直してもらう」

「では、人間が壊れて(※)しまったら?」

※“壊れる”という表現ではなく「朝、どうしても学校へ行きたくない気分になってしまったら」「お父さんやお母さんのお話を聞きたくない気持ちになってしまったら」と表現していました。

と、子どもたちに問いかける先生。すぐに答えは出ませんでしたが、“(学校の)カウンセラーに話を聞いてもらう”など、ロボットと比較しての人間の特徴である心に、子どもたちがフォーカスしたところで、その日の授業が終わりました。

ロボット役とコマンダー役に分かれてアクティビティを楽しむ子どもたち

フィンランドの学びは、常に子ども中心です。もちろん一斉授業なので先生が一方的に知識やスキルを教えることもありますが、どうしたらその場にいる子どもたちに意味あることとして学びを届けられるかをよく考えた倫理の授業の一コマだと感じました。

次回は、フィンランドの教育における「倫理」の具体的な学びの狙い・内容について書いていきます。

【コラム】フィンランドの雪と地球温暖化

先週、久しぶりにヘルシンキでもまとまった雪が降ったようです。30年ほど前は、ヘルシンキ都市部でもスキー(ダウンヒルではなく、クロスカントリ−がフィンランドでは主流です)ができたそうなのですが、今では都市部でスキーを履いている人はほとんど見ません。地球温暖化の影響で、降雪量や積雪量が著しく下がったからです。

フィンランドの人と地球温暖化について話をするとき、「よく昔はここら辺でもスキーができたのに……」という話題が出てきます。