プレゼン教育で子どもたちの成長が見えてくる。ICT教育で身につけた子どもたちの“武器”【古河市上大野小学校インタビュー】

茨城県古河市立上大野小学校では、薄井直之先生を旗頭に全校を挙げて、「ICT教育」として電子黒板やタブレット端末を用いた「プレゼンテーション」に特化した取り組みが行われています。後編では仕掛け人で担任の薄井先生から、取り組みについて聞きました。

前編ではタブレット(iPad)を活用したICT教育からプレゼンテーションに目覚めた児童たちの生の声を実際に取り上げてきました。卒業式の発表を通じて、「落ち着いて、ゆっくり、わかりやすく」伝える力を身につけた成果もみられています。後半は仕掛け人で担任の薄井先生から取り組みについて深掘りしていきます。

成長のために「笑いを取れ」と教えている

薄井直之先生

――卒業式について、スピーチや動画以外に児童がしたことがあれば教えてください。

薄井直之先生(以下、薄井先生) スピーチ以外だと、たとえばプレゼンの順番も児童たちに決めてもらいました。感動的なプレゼンが最後にくれば、とてもいい卒業式にはなると思います。ただ、その流れだと卒業式はシンミリして終わってしまう。でも児童たちには「笑いを取れ」と教えているから、最後に笑わせる子が自主的に立候補して決まってくる。当日も卒業式の後に、当時1年生だった子に「卒業式はどうだった?」って聞いたら「楽しかった」って答えてくれました。保護者も含め、参加者全員が卒業式を楽しめているのはいいことですね。

――大喜利が好きと言っていましたが、「笑いを取れ」と教えている理由はありますか?

薄井先生 卒業式では児童たちが成長したことを見てほしいんです。ただ、言いたいことを言って終わり、というのは簡単です。聞いている人が笑うためには、自分の弱い部分を出さなきゃいけないときもある。それぐらい卒業生たちはしゃべるよ、っていうアピールです。

―― なるほど。この時点でプレゼン教育に問題点ってあったりしますか?

薄井先生 プレゼンを終えた後に相手が本当に発表の内容や発表者の思いを理解してくれたのかどうか、ですね。児童はみな素直に最後まで聞いていますが……間違っていたらその場で聞き手側からツッコミが入って、それに対して発表者が即興で返答する力を鍛えたいです。

「質問をさせ」て、言いたいことをいう技術

―― 聞き手に対する部分で取り組んでいることはありますか?

薄井先生 質問があるだろうなっていうところは、事前にスライドの最後に作っておくように教えています。ICT教育がはじまって2~3ヶ月目のとき、当時の児童たちが「プレゼンの極意」を書きまして。聞き手から「質問をさせ」て、そこからさらに話を広げるっていう。

―― 質問させることでプレゼンに興味をもたせるのはいいことですよね。

薄井先生 ええ。言いたいことに対して、あえて情報を不足させたり間をとったりすることで、詳しい内容が気になるようなプレゼンを用意して、聞き手を引きつけるためのしかけをつくっておく。そうすることで、発表の場を自分でコントロールすることができるよ、と。

――最初に教えていた子たちと今の子たちでは教える内容に変化はありますか?

薄井先生 はじめは国語の教科書のように、「テーマを決めて、内容を考え、情報をまとめて、発表する」の繰り返しでした。人それぞれですから、結論の順序を入れ替えることもありますよね。声の大きさとかも評価に入れようかと思っていましたが、マイクを使う機会も多いので要らないかなと。最初から変わらずに言っているのは、(プレゼンで表示するスライドの情報は)文字が箇条書きかキーワードのみ。文章で長々と書くのはダメっていうことです。

―― 今後教科として「プログラミング」がはじまると、プレゼンテーションの場はどのように変化していくでしょうか。

薄井先生 プレゼン教育とプログラミング教育は別々に教えていくこともあるし、長短を組み合わせて指導することもあるでしょうね。たぶん教科ごと、相性のいいところに落ち着いていくでしょう。お題が出されて、自分が発表することを繰り返せば、自然に自分の言葉をもつようになるだろうし、相手にどう言えば伝わるかを考えるためにもICTは便利です。

プログラミングにしても、本校の児童は、算数では分数のかけ算の手順をフローチャートに書いて、帯分数がある場合はどうするか、約分ができるときはどうするかなど計算の際に考えておきたいポイントをイメージしています。その結果、児童たちは計算のポイントを抑えながら計算できるようになりました。これまでも、理科の授業では熱中症予防の装置をMESHでプログラミングして、それを教材として用いたりしました。プログラミングしてロボットを動かしたこともあります。

プログラミングもプレゼンテーションも、取り組み方はそんなに変わらないが伝わり方がまったく違う

―― プログラミング教育とは、プレゼンテーション教育では対極にいる感じもありますが、どう捉えていますか。

薄井先生 大きく変わらないと思うんです。プレゼンとプログラミングはつながっていて、ループや条件分けといった簡単なプログラミングと同じように、キチンとチャート図を書いて、この順番で話をすると決める。プレゼンの反応が悪かった場合、もう一度説明するとか、もう一回言うとおもしろいとかを考えて作る。だから、プレゼンをやっていてもプログラミングの要素は含んでいるのかなと思っています。

――なるほど。純粋なプログラミング教育についてはどう思いますか。

薄井先生 子どもたちの学習の取り組みを見ていて、プログラミング的思考は重要と考えています。コンピューターの特性を知り、適切に効果的に活用する力はこれからもっともっと求められていく。コンピューターに自分が求める動作をプログラミングすることで,自分が考えている動きの流れや結論を見通して行動する力、必要に応じて確認や修正をする力が身につくのではないでしょうか。この思考の過程が重要だと思います。

注意したいのは「プログラミング通りにロボットが動いた」という満足だけで終わらせてはいけないことです。「こういう理由があって工夫した」というのは、聞かないと教えてくれないし「頑張ってこうした」ことを褒めてほしいと思っても、ポイントを伝えられないと思います。自分はどのような意図でプログラミングをしているのか、思いを表現したりうまくいかないときに、誰かに意見を求めたりすることも必要です。

プログラミング教育は、ひょっとしたらそこに課題があるかもしれません。ロジックはわかっても伝えられない。上大野小ではどちらも一応はやってはいるのですが、表現したり意見を交流させたりする場面で、本校が取り組んでいるプレゼンの力が生きてくるのではないかと考えています。だからこそプレゼンはおもしろいですね。

大人になってから「伝わる」は武器になる。

――おっしゃることがよくわかります。

薄井先生 手書きでは資料一枚を作るにしても、書き込める範囲が決まってきてしまいますが、タブレットでは自由に作れます。うまく伝わらないときは、発表するスライドの順番を入れ替えてなおすのも簡単にできる。この修正がすぐにできるという点が「とりあえず発表してみよう。発表してから修正しよう」という意欲につながります。これは児童たちが大人になったとき、武器になりますよね。

――上大野小学校のプレゼンがこんなにおもしろいと、他の学校も真似しそうですね。

薄井先生 卒業式って学校行事で一番大切なものだと思います。そして児童の6年間の成長を地域の方,保護者,在校生や先生に見せることができる最後の機会です。できれば明るく、楽しい雰囲気で終わらせたいです。

――これから目指していく理想像はありますか?

薄井先生 上大野小に来たら(児童たちが)プレゼンテーションを教えられるよ、ぐらいには、突き抜きたいなと思います。これからもスピーチは上大野小の伝統にしていきたいですね。

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上大野小の児童のみなさん、そして薄井先生の活動から、日々のスピーチを磨き、「伝える」ことをブラッシュアップしていく大切さを目の当たりにしました。「プログラミング」が決してコードを書くことだけではないように、プレゼンテーションの技術と自分の言葉を手にすることは、これからの未来に欠かせない唯一無二の武器になることでしょう。

■ 古河市立上大野学校
所在地:〒306-0201 茨城県古河市上大野1425
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