どこでも買える本ならここに置く必要はない 元新聞記者が考える“いい本屋”のつくり方

今回紹介するのは「Readin’ Writin’ BOOK STORE」店長の落合博さん。新聞記者を30年以上勤め、定年前に退職して浅草・田原町で本屋をオープンさせました。落合さんが目指す本屋の姿には、オススメの本『コーヒー・ハウス 18世紀ロンドン、都市の生活史』にヒントがありそうです。

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元は材木店、天井の高い空間を生かして営業中

今回紹介する「Readin’ Writin’ BOOK STORE」2017年、浅草・田原町にオープンした本屋さんです。店名は「読むこと」と「書くこと」に由来していて、店主は元新聞記者で論説委員を経た、落合博さんです。

観光の中心地からは離れているにもかかわらず、全国各地から人が訪れるのは独自のセレクトに惹かれてしまうためでしょうか。壁一面に並んだ本棚に、まるで美術館のような気配も感じます。

まずお店に入ると高い天井に驚かされます。もともとは材木店の倉庫。コロナ禍では「3密」を避ける利点もありました。思わず内装工事費について尋ねると、相場より高いかなとのこと。感染防止対策をして、普段と変わらない営業を続けています。

テーマ、ジャンルごとに本が並ぶ。書籍はおおむね1冊ずつ陳列

階段をあがって中2階には畳の空間もあります。上から見下ろすと、本棚の数々が絶妙に配置され、隅々まで手が行き届いていることに気づきます。いったいどんな工夫を凝らしているのでしょうか。実は、オープン前から筆者と面識があった落合さん、あらためて「本屋さん」業についてもうかがいました。

2年間の取材で、数々の出会いとアドバイス

筆者が偶然にも落合さんに出会ったのが「本屋好き」が集まる会でのことでした。開業にあたって取材や課題を重ねていた時期らしく、オープン時期は未定だった記憶があります。「小泉今日子さんがくるような本屋に」と話す落合さんに、衝撃を受けて思わず笑ってしまったことも思い出します。それを伝えると、すっかり懐かしんだ様子で「よく覚えていますね」と笑ってくださいました。オープンから3年、まだ本人は現れていないと言います。

本屋をはじめてから「本当にいろいろな人がいる」と気づく日々。コロナ禍の今は、遠方からわざわざ来る人は減っているようですが、近所の人が散歩の途中に、はじめて見つけたと驚かれたこともあったそう。

店主の落合博さん

「本のある空間が好きだったので。生意気にも、古本屋さんでもやってみるか」と。お子さんの成長とともに、家族との時間を大切にしようと考えたのが転機だったとうです。2015年春から 2017年春にかけて、各地の店主さんへも直接話を聞きに訪ね歩き、「やるならば新刊の本屋を」と福岡のブックスキューブリックにてアドバイスを受けて今のスタイルを模索しはじめます。ゼロからの立ち上げに2年間。持ち前の取材力もあり、徐々に書店業へのネットワークも出来上がっていました。

お店に立たないと、仕入れができない

取材中ちょうど本を入荷する光景を見ました。「八木書店」からの本の配達で、小ぶりな段ボールのすきまから『古くてあたらしい仕事』(島田潤一郎著)が重なって見えます。仕入れは「子どもの文化普及協会」との2社からと明かした落合さんに、私が思わずキョトンとしてしまいました。

流通について知らない筆者に「商い、ですよ」と笑顔で教えてくれます。ふとレジ内側の一角には、書店員さんが書いた本がチラリと見えました。『スリップの技法』(久禮亮太著)や、同じく京都で独立系書店を営んでいる、堀部篤史さんについての話も。

レジカウンター、ドリンクも販売していて中2階でくつろぐこともできる

本屋さんの技術や心構えも積極的に学び、カスタマイズしながらていねいに取り入れていることがわかります。

記者時代と本屋時代とまるで別の商売にも思えますが、共通している点もありました。「人と違った角度でものごとを見ることです。どこでも買える本なら、ここに置く必要はありません」。

女性性やフェミニズムを扱った本のコーナも目立つ

肝となる仕入れにはSNSや新聞の書評欄も目を通すだけではありません。実際に現場に立って、買った本とその人の様子も見比べて、お店のことが見えてくると言います。レジに立つ落合さんからお店に注がれるまなざしは、愛情に満ち溢れているようにも思いました。

本を読まない子どもに、保護者は何ができるか

落合さんのお子さんは現在6歳。小学校入学を来年に控えた今、コロナ禍で自宅待機の時間が続いています。お子さんとの過ごし方にもうかがいました。「午前中は公園をめぐるんですよ、今日もそれからお店を開けています。天気が悪いときは、家でアニメ映画やドラマの録画を見てますよ」

普段はどのように本と付き合っているのでしょうか。

「うちの子は本を読まないからなあ(笑)。興味のないモノは見ないし、無理に読ませることはできないかな」

本に関わる商売なのに、あまりにもキッパリと答えられたので驚いてしまいました。

「ただ、電車が好きで。まったく電車に乗る生活はしていないのに、○○駅は、□□駅は、と聞くと路線図からぱっと見つける。図鑑やのりものから情報を得ていて、すごい集中力だと思います」

こだわりの選書、色とりどりな絵本の数々。買いに来たお子さんが自ら選ぶ姿も見られた。

お子さんと本の付き合い方に悩む保護者も多い今、「僕自身も本を読みはじめたのは大学生になってから。映画から片岡義男や森村誠一にハマって池波正太郎、司馬遼太郎と作家を一気読みしていった」だから、と落合さんは言葉を続けました。「大人も子どもも、本を読みはじめるタイミングがある」と。押しつけではなく、見守ることも保護者の役目になるのかもしれません。

落合さんによるワークショップも開催されている

これからの本屋、濃度はどうなるか

オープンからの3年。「Readin’ Writin’ BOOK STORE」では数々のイベントも開催されてきました。場を提供するときは主催者にゆだねてイベントを楽しむのがコツ、と落合さんは言います。感染防止対策として、一部イベントは、オンライン開催に切り替えられ、中2階で定期開催する「一箱古本市」も開催を一時見送られました。6月には再開を予定しています。

落合さんがオススメする『コーヒー・ハウス 18世紀ロンドン、都市の生活史』。

「ロンドンのコーヒー・ハウスはサロンのような場で、いろいろな意見を育んだ場だった。ここも、さまざまな人や言葉が、集う場にしていきたいと思っています」。

まさしく、本屋さんのこれからの姿が見えたような気がしました。少なくとも「Readin’ Writin’ BOOK STORE」には、コーヒーとミルクのように、店内でも人や本が混ざる濃度の濃い部分と、薄い部分とがうまく混ざり合って深い味わいをもたらしているかのよう。

大きなガラス戸から日が差し込む

帰り際、気になった本をレジへ持っていくと、イタリアの酒場の話から、話題の本、翻訳家や、編集者へと本から本への話が次々に飛び出しました。コロナ禍で先の見えないことも多いですが、店をあとにするころには、また次の本を読みに来なくては、とワクワクした思い出いっぱいにさせてくれました。

基本情報

Readin’ Writin’ BOOK STORE

店長オススメの一冊

『コーヒー・ハウス 18世紀ロンドン、都市の生活史』

  • 著者:小林 章夫
  • 出版社:講談社学術文庫
  • 刊行年:2000/10/10

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