STEAM教育ってなんだろう?—スウェーデンの例から学ぶ[前編]

「STEM教育」が叫ばれて久しいですが、海外では最近これにArtのAを加えて「STEAM教育」と読んでいます。ではそのルーツはどこにあるのでしょうか?どうもそのルーツは、スウェーデンにありそうです。

STEMからSTEAMへ

ジョン・マエダという学者がいます。日系アメリカ人で、豆腐屋の息子として育ったのち、マサチューセッツ工科大学でコンピュータサイエンスを学び、ニューヨーク州の名門美大、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの学長になった人物です。

子供時代は、店のチラシを作ったり、豆腐を切るのを手伝ったりしていたそうです。彼が描いた一枚のスケッチが、これからお話する僕の旅のきっかけになりました。

その当時、米国では国力の根幹は科学 (Science)、 技術 (Technology)、 工学 (Engineering)、 数学 (Mathematics) であるとし、これらの頭文字からSTEM分野(Stemは英語で「基幹」の意味にもなります)と名付けて、STEM教育に力を入れはじめていました。

近年では、日本でもSTEM教育という言葉を聞くようになりましたね。

一方で、人間が幸福に生きていくための「価値観」「グランドデザイン」「心の豊かさ」といった分野は、STEM分野から取り残されています。

しかし、これはSTEM教育が人間の幸福追求と相反するという意味ではありません。むしろ逆なのです

前述のジョン・マエダが描いたスケッチを見てみましょう(図1)。このスケッチには、基幹であるSTEMの先にIDEAという花が咲いています。

IDEAとは直感 (Intuition)、 デザイン (Design)、 感情 (Emotion)、 アート (Art) の略で、もちろんアイディア (Idea) としての意味も込められています。

STEM_IDEA(出典:ジョン・マエダ)

このようなSTEM教育とアート教育は一体として考えるべきであるという考え方から、全米工学アカデミーを始めとするいくつかの学術団体が近年、STEM教育にアート(Art)教育を加えたSTEAM教育という概念を提唱しています。STEMにAを加えたのですね。

また、当初はSTEAMとはうたっていませんがでしたが、(元)米国デザイン会社IDEOやスタンフォード大学デザインスクール (d。school) が「デザイン思考」という考え方のもとデザイン主導によるSTEM分野の牽引を提唱しています。これらも広い意味でのSTEAM教育に含まれるでしょう。

このように、人間が幸福に生きていくための「価値観」「グランドデザイン」「心の豊かさ」をSTEM教育に取り入れたSTEAM教育が、教育のひとつのあり方として提唱されています。

大学の工学部と芸術学部で同時に教育活動を行っていて、STEAM教育の重要性を常々訴えていた僕は、仲間たちと手分けして欧米の「デザイン思考」カリキュラムや、STEAM教育を標榜する大学、はては大型客船で世界一周しつつ教育を行っているプログラムにも参加せてもらったりと、文字通り世界中の教育活動の調査を行いました。

そして、ある疑問に突き当たったのです。昨今の速醸的な「STEAM教育」と称している教育活動は本当にSTEMとA(アート)が融合しているのだろうか、と。

STEMのS(科学)、T(技術)、E(工学)、M(数学)は言葉がほぼ共通なので、境目が比較的馴染みやすいものです。しかし、たとえば数学の言葉とアートの言葉は異なります。いったい、言葉の違う分野がどのようにしたら融合するのでしょうか?どのようにしたら、STEMの先にIDEAの花を咲かせることができるでしょうか?

一つの回答が、意外なところにありました。

「ロクセット」というポップ・ロックバンドがあります。英国風の英語で歌っているので、英国のバンドかと思って聞いていたのですが、スウェーデンのバンドでした。調べてみると、スウェーデンは音楽輸出大国なんですね。

「ロクセット」が好きだったことも相まって、スウェーデンについていろいろ調べてみました。そして、ひょっとしてスウェーデンは世界でもっとも進んだSTEAM教育先進国ではないかという仮説を持ちました。仮説をもつと、僕は居ても立ってもいられなくなります。

すぐに日本・スウェーデンの学術交流団体である日瑞(にちずい)基金の協力を得て、現地調査へ行ってきました。

スウェーデンはどんな国?

スウェーデンは日本よりやや広い面積をもつ、北欧にある人口約1,000万人の立憲君主制国家です。

小さな国ながら、世界有数の工業国で、2017年の一人あたり国民総所得は5万3,000米ドル(世界12位)に達しています。同年の日本の一人あたり国民総所得は3万8,000米ドル(同25位)ですから、日本より4割も所得が多いことになります。

その理由のひとつが、スウェーデンの独創的な工業製品の開発力です。

スウェーデンを象徴する企業のうち日本でも馴染み深いものと言えばイケア(家具メーカー、現在はオランダ企業)、エリクソン(電子機器メーカー)、サーブ(航空機メーカー)、テトラパック(食品容器メーカー)、ハッセルブラッド(精密機器メーカー)、ボルボ(自動車メーカー)でしょう。

いずれも際立ってユニークな製品を市場に流通させていて、しかもものづくりの担い手としての尊敬も集めています。

スウェーデンの工業がこのようなユニークな位置に立てる理由としてしばしば挙げられるのは、良質なスウェーデン鋼の存在です。しかしながら、良質な鋼を生産しているのはスウェーデンだけではありません。我が国だって生産しています。

そこで、筆者はスウェーデンにおけるエンジニアを育てる仕組み、すなわち教育システムこそがスウェーデンを特別な存在にしている理由だと仮説をたてました。

スウェーデンの工業力の際立った特徴が工学と異分野の融合教育とりわけSTEAM教育による人材育成によるものと見込んだのです。

筆者は2018年3月および8月に現地調査を実施しました。

デザイン優先?

ストックホルム・アーランダ国際空港に到着した筆者を出迎えたのは、かつてドイツに存在したデザイン学校「バウハウス」(1919–1933) の教条に間違いなく忠実に従った設計を施された旅客ターミナルでした。

バウハウスの教条とは、英国の産業革命後におこったアーツ・アンド・クラフツ運動(1880頃)にもとづいた、工業製品の設計指針です。

アーツ・アンド・クラフツ運動の要点は「工業製品の設計は生産技術の都合に合わせるのではなく、それを使う人間の審美的な要求に合わせるべきである」というものでした。

バウハウスはアーツ・アンド・クラフツ運動の指針を元に、当時の生産技術で生産可能で、かつ審美的な設計を求めた結果としてのモダンデザインを生み出していきました。バウハウスからの強い影響を受けたデザイナーに、フィリップス社のディーター・ラムス、アップル社のジョナサン・アイブ、無印良品のデザインを指揮した深澤直人がいます。

たとえばiPhoneを見ると、そのシンプルな構造、持ちやすいバランス、考え抜かれた操作性などに、バウハウスの強い影響を見ることができます。

日本で「デザイン優先」と言うと「見てくれを優先して機能は二の次にした設計」という意味になりがちですが、本来の「デザイン優先」とは「ユーザーである人間と工業製品との関係性を(生産しやすさよりも)優先した設計」という意味です。公共建築で、アーランダ空港ほどデザインが優先された空間はまず無いと言っても過言ではないでしょう。

空港に降り立った筆者は、技術と美術を高度に融合させた設計を行ったデザイナ、エンジニア、それを実装し受容するスウェーデンの社会システムに感銘を受けるとともに、スウェーデンの工業力の「根っこ」は美術を含めた学際教育すなわちSTEAM教育ではないかという仮説が真であることを即座に確信したのです。

(つづく)