プログラミング教育は何をもたらすのか STEM教育の未来

STEM教育とプログラミング教育は密接に関わってきています。では、STEM教育とプラグラミング教育は、今後どのような方向に向かっていくのでしょうか。以前からSTEM教育を実践してきたCANVASの理事長である石戸奈々子さんが、STEM教育の未来について語ります。

STEM教育とプログラミング教育の関係

STEM教育に関する取材や質問を受ける機会が急増していますが、日本においては、STEM教育といいながらも、プログラミング教育の内容を聞かれることが多いです。

STEM教育はプログラミング教育を内包するものであり、合致するものではありませんが、Society5.0時代のSTEM教育の特徴は「情報技術」であるため、プログラミング教育ムーブメントとSTEM教育ムーブメントは、密接な関係があると考えます。とくに日本のプログラミング教育の必修化は、STEM的です。

プログラミング教育の必修化の背景は、AI、IoTなどの技術が牽引する第5の文明刷新である「Society5.0」が、産業に留まらず社会・文化・暮らしの全場面に変革をもたらしうるものであるからこそ、すべての人にとって重要な教育問題として議論されるようになったということです。

コンピューターがあらゆるモノ、分野、環境に溶け込み、定着し、私たちの生活・文化・社会・経済のあらゆる場面を支えているからこそ、プログラミングがすべての人に必要な基礎教養となったのです。プログラミングをSTEMに言い換えても、同じことが言えるでしょう。

そして、プログラミング教育は、体験を通じてコンピューターの特性を理解し、身近な生活でコンピューターが活用されていることを知り、問題の解決には必要な論理的・創造的な思考方法を育み、コンピューターをよりよい人生や社会づくりに生かそうとする態度を身に付けることを目的としています。

プログラミングを学ぶ意義

プログラミングを学ぶ新しい教科ができるのではなく、各教科の単元の中にプログラミングが盛り込まれることで、教科横断的なカリキュラムづくりが学校に求められています。教科横断的につくりながら学習することで、断片的な知識を統合し活用する力を育むとともに、各教科科目の理解を深めることを目ざしているのです。

社会と連携・協働することによって、プログラミング教育を通じた「社会に開かれた教育課程」が期待されています。

「STEM分野の知識・技能」「それらを活用する力」「論理的思考力・創造力といった21世紀型スキル」といったSTEM教育が育む力、そのための学びの手段としての「教科横断的・統合的」「プロジェクト型」「社会の文脈の中での実践的」といった共通項が見いだせるのではないでしょうか。

諸外国のSTEM教育の推進においては、産学官連携、公教育と社会教育の連携が重視されていることが多く、プログラミング教育を通じた社会に開かれた教育課程を標榜している点にも類似が見られます。

私は2002年にNPO法人CANVASを設立し、子どもたちの創造力とコミュニケーション力を育む活動を産官学連携で推進してきましたが、設立当初から活動の一環としてプログラミング教育を推進してきました。

プログラミングに取り組む子どもたちの変化には、度々驚かされてきました。協働して創造する力、試行錯誤しながら楽しく主体的に学習する態度、自らのもつ力を社会課題解決に活用しようとする姿勢が育まれていくのです。プログラミングとは、コンピューターを操作するスキルを学ぶだけではなく、こうした力や姿勢を育むものなのです。

今こそプログラミング教育に取り組んでほしい

そして、いよいよ本年度より小学校でプログラミング教育が必修化されました。その矢先の新型コロナウイルス蔓延です。子どもたちの学びを保証するため、前倒しで進むPC一人1台環境整備、感染予防対策、学習の遅れの取り戻し、学校現場は今まで以上に多忙を極めています。

しかし、今こそプログラミング教育に取り組んでいただきたい。なぜなら未曾有の緊急事態に立ち向かう術を学び、子どもたちをエンパワーしてくれるのが、プログラミング教育だからです。

いま、世界中の人が極めて困難な世界共通の課題に立ち向かっています。国家による強制と市民の権限のバランスはどうあるべきか。緊急事態宣言はいつ発出/解除すべきか。感染症対策と経済のバランスをどう取るべきか。医療崩壊を防ぐために何をすべきか。全員PCR検査を実施すべきか。誰も答えがわからない中、多くの専門家が知恵を出し合い対策を講じています。

不要不急という言葉で休業自粛を余儀なくされ、大きな経済的ダメージも負いました。しかし、それを最小限に抑えるべく創意工夫により新たなビジネス形態が生み出され、これを契機に社会構造変革をする前向きな流れも生まれつつあります。

自宅でこもる日々の中でも新しい楽しみ方を見出す試みも多く目にしました。どんな状況においても想像力と創造力で生活を豊かにすることができると改めて気が付きました。

コロナ禍で求められたこと。それは、世界中の人と協働し正解がない問いを解決する力、新しい生活に適応し楽しむ姿勢、試行錯誤しながらも挑戦する心、新しい社会を創造する力。

それはまさしくプログラミング学習を通じて子どもたちからみられる姿そのものです。

子どもが描く未来にこそ可能性がある

毎年、全国小中学生プログラミング大会(JJPC)を開催しています。昨年グランプリを獲得したのは「現実シリーズ2 渋谷スクランブル交差点信号機」(小2)。世界一複雑な渋谷のスクランブル交差点を再現し、交差点の車や人の流れをシミュレーションする作品です。「安全で渋滞のない交差点や信号をつくること」を願い、夏休みに何度も渋谷に足を運び調査を重ねた上で制作しました。

準グランプリは「会話おたすけ音声ロボット」(小3)。ケガや病気で会話や執筆が困難な人に便利な会話支援ツールです。レゴ製グローブで、パソコン画面の平仮名表をクリックすると文字が読み上げられます。

「Famik」(小6)は、熱や病状の推移を記録する問診票記入支援アプリです。「病院に行った時に、熱が出た子どもを3人連れたお母さんがいて、3人分の問診票を書くのが大変そうだったので作りました。」体温や症状を入力すると、病状の変化が表になります。音声入力、症状の撮影・登録、病院検索、データ共有、励ましメッセージ送信など、さまざまな機能が搭載されており、利用者に寄り添った設計になっています。

「快適で住みやすく地球環境にも優しいスマートシティを実現したい。」と機械学習を使ってゴミを分別することができる「未来のごみ箱~CANBO~」を開発した小学校6年生もいました。

日本財団が実施した「18歳意識調査」によると、日本の若者は諸外国と比較して「自分で国や社会を変えられると思う」割合が圧倒的に低いと言います。しかし、プログラミングという武器を手に入れ、私たちの子どものころでは考えられなかったほど、広い視野をもち、広い世界で小中高校生段階から活躍している子どもたちがたくさん生まれています。

第20回18歳意識調査「テーマ:社会や国に対する意識調査」より

どうすれば困っている人を助けられるのか?どうすればより便利な生活になるのか?どうすればより魅力的な社会をつくれるのか?そんな視点をもち、さらには課題を適切に見極める洞察力、独創性溢れる発想力、豊かなデザイン力と高度な技術力、そして共感を得るプレゼン力をも併せもつ彼ら彼女らは、どのような未来社会を築いていくのでしょうか。

すべての分野が今まで以上に迅速にDX対応を迫られ、新しい生活様式の構築に動いています。しかし、それら新しい社会を築くのは、幼少期から当たり前のリテラシーとしてプログラミングを身に着けた子どもたちの世代ではないでしょうか。